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論考集

微積分建築 −新たな建築哲学の試考−2022.01.22

平井 良祐 これまで学生期間を含めると15年近く建築と触れ合ってきているが、一体自分は何を考え建築を設計してきたのか、また設計していくのかをよく考えるようになった。昔よりクライアントとの距離が近いことで、一層強く現実的な社会問題であったり特に経済的な制約に直面することは多いが、その反面、冒険した案が実現することが少なくなり、自分の建築家としての立ち位置をどんどん見失ってしまいそうで、何か設計における軸となるものを設けねばと焦燥に駆られる日々である。 建築史を含めた世界の歴史も様々な出来事の系譜を踏まえる上でもちろん重要であるが、当然我々は今を生きているため、何より今の時代をきちんと見つめることが改めて大事だと、私は日頃より考えている。物心ついた時から目の前にはコンピューターがある生活を送り、まさにWEB1.0からWEB3.0までの進化と共に成長した我々の世代は、そのような世代だからこそ近年の世界におけるあらゆる事象の変化し続けるスピードに対して敏感で、前線で順応し続けてきたのではないだろうか。 その中で私が問題視している事は、技術及びAIの発達により世の中の様々な仕組み自体がブラックボックス化していっているということだ。単調な思考過程をなるべく省略化するために技術革新やAI導入を行うが、その範疇が徐々に人知を超え始めてきている。シンギュラリティと言われる2045年のAIが人間の知能を超える時がひとつのメルクマールとなりえるだろうが、その過渡期にある現在だからこそ見つけられる何かがないかと考えている。そしてそれは不安定な「ズレ」というものがこの世の中には数多く存在しているのではないかと考えた。例えばgoogle翻訳(fig.1)。翻訳システムはすべてブラックボックス化されており、我々は疑うことなくそこに文章を打ち込めば世界のあらゆる言語に変換できる。今後のAIの進化により言語間の行き来をいくらしようがディープラーニングにより意図もニュアンスも崩さなくなるが、現段階では少しの「ズレ」が発生する。ここに今の世の中の縮図と可能性がある。
fig.1 google翻訳におけるズレ
漠然とした「ズレ」という表現ではあるが、まさに我々の設計活動においてもずっと「ズレ」を生み出す作業をしていたのではないだろうか。ポストモダニズムではデコンストラクションという脱構築、向かう方向は解体であった。そこから現在にむけてはその解体したものを改めて構築する再構築という方向を向いた。これは世界が環境問題を含め「再=Re」の概念が定着したことにもよるだろう。「再」定義・「再」構築・「再」解釈・etc..など改めて何かを行うという行為はそれは元々題材となる事象が存在することが前提で、現在の環境や状況下でその事象を改めて思考することを意味する。そのほとんどはオリジナルとの間に「ズレ」が発生する。この「ズレ」を生成する作業こそ「再=Re」であり、建築設計の一つの軸なのだと私は考える。この「ズレ」に良くも悪くも気づかず慣れて生活をしている我々の思考を喚起させる「再=Re」でもあるのだ。 そこで、時代の潮流から生まれたこの「ズレ」を建築的手法=マニエラとして「微積分」の考え方を導入してみる。微積分といえばライプニッツ、そして彼の襞・モナドという概念で有名だが、その中でのトポロジカルな思考過程もこのマニエラに取り入れる。ここではその建築空間における「微積分」の可能性を探る(fig.2)。    
fig.2 モナドロジーから微積分建築への思考メモ
この世界は様々な要素によって構築されている。この要素はAIや技術の進歩により多様化し複雑化され、オートポイエーシス的広がりをみせる。思想が枯渇した現代においてこの要素を丁寧に紡ぎ出し再構築することこそが未来への活路を見い出す道ではないか。そこで、この要素を紡ぎ出す行為を「微分行為」、再構築する行為を「積分行為」と定義する。建築において、この要素とは光、グリッド、高さ、開口部、静けさ、素材感、etc..など無限に多層化された空間のパーツといえる。その空間のパーツを特筆し、再解釈する行為がまさに「微分」となる。その後、現代社会の諸問題・環境・クライアントの条件など外的要因を踏まえた上でその要素を再構築していく行為が「積分」となる。ここで重要であるのは「積分」まで行うということだ。この微分→積分という行為を経ることでこれまで述べてきた「ズレ」が生じる。微積分の数式で例えるのであればまさにズレとは定数項である。それが2回、3回と微分を繰り返せばよりその振れ幅は大きくなり「ズレ」も複雑化する。まさにその「ズレ」を意識し、意図的な「ズレ」を構築させるカオス理論系の設計プロセスを目指す。 微積分において函数fと変数x(x=α,β,…)が存在するが、変数xを「要素」として考えるならば、函数fはその要素の集合体=空間と定義できる。そこで函数f=space(空間)とする。この条件の上、まずはユークリッド幾何学上での空間=spaceについて考える(fig.3)。
fig.3 ユークリッド幾何学での空間解釈
まず核たる3次元のspaceがあり、各要素により微分を行えば2次元のsceneがそれぞれ生まれる(→)。例えば光という要素でspaceに微分を行えば、光が中心に切り取られたsceneが空間から紡ぎ出される。そしてこれらのsceneが連続して繋がるものがシークエンス(- – -)となる。また、唯一時間=timeによる積分を3次元空間に行うことにより、4次元空間へと昇華される。しかしユークリッド上では2次元と3次元との行き来しか出来ず、変数x=要素の広がりは全て捉えきれない。そこで位相幾何学的な解釈で微積分を行う(fig.4)。
fig.4 位相幾何学での空間解釈
空間は複数要素から成り立っているため、n回微分(偏微分)を行うことができる。空間コンテクストもしくは設計意図としての微分(→)、そこに定数項という設計者のエッセンスを加えた積分(- – -)、この一連の設計プロセスを経た建築を「微積分建築」と名付けた。 ともあれ建築設計においてひとつの軸となるものを生み出すことを夢想している。私が思う最も華々しかった日本の建築業界が1960年代。メタボリズム運動という思想に則りたくさんの建築家、さらには芸術家、グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナーなど様々なジャンルに渡って同じ思想のもと日本を設計・デザインした。そんな夢のような状況が再び来ることを期待して、一提案としてこの「微積分建築」を提唱する。
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